人間の気持ちというものは移ろいやすいもの。他者の評価にどれほどの価値があるのだろう。

自己啓発

あの有名な心理学者、アルフレッド・アドラーの言葉にこのような言葉があります。

ほかの人の自分に対する評価は、その人の個人的な意見であり、自分の評価そのものには、関係しない。

私たちはついつい他者の評価を気にしてしまいがちですが、最近になって思うことは、
その評価にどれほどの価値があるのだろうということです。

他者の評価って、どれほど正確なものなのでしょうか?
本当に自分自身を正しく映し出してくれているのでしょうか?
その評価自体にどれほどの価値があるのでしょうか?

よく考えれば疑問ばかりです。

それでも、私たちは他者の評価を気にして生きています。

もちろん、人間一人では生きていけないし、やはり誰かといる方が安心ですし、仲間が多ければ多いほどいいと思います。
しかし、他者のご機嫌をうかがうことで、本当の仲間を作れるのかも疑問です。

好かれることは簡単かもしれません。
しかし、好かれること自体に本当に意味があるのでしょうか。

人間の気持ちというものは移ろいやすいものです。
昨日は好きと言っていたのに、今日になったら嫌いになっている。
今日は嫌いと言っていたのに、明日には好きになっている。
昨日の敵は今日の友という言葉もあります。

言ってしまえば、それほどいい加減なものであるわけです。

今まで好きだった人、あるいは尊敬していた人のちょっとした言動を見て一気に幻滅し、あの人には裏表があるとか信用できないとか、よくある話です。
あなたにもそのような経験があるのではないでしょうか。

ということは、逆に言えば、あなたも他者からそのように思われる可能性があるということです。

昨日まではあなたを慕ってくれて人であっても、ほんの些細なことがきっかけで、あなたへの評価は大きく崩れてしまうかもしれません。

さて、それはあなたが悪いのか、誰が悪いのか。

きっとそれは誰が悪いわけでも無くて、人間の感情なんてものはそのようなものであるということなのではないでしょうか。
そうであれば、他者に好かれたい、評価されたいという思いから取る言動にはそれほど価値はないと言えるのではないでしょうか。
仮に、他者に好かれるため、評価されるために頑張ったとしても、前述の通り、ほんの些細なことでその積み上げてきた物は簡単に崩れ去るかもしれません。

そうであれば、やはり自分らしくいたいものです。

結局、他人のために無理して偽った自分でいる限り、本当に自分を理解してくれる人は現れないし、本当の仲間は出来ないのでしょう。

そのようにして他者の評価を気にしたり、好かれようとする努力をするよりも、他者を気にせず、自分自身だけを見つめ、自分という人間の核をしっかりと作り上げることが、他者を巻き込み、揺るがない人間関係を作ることになるのではないかと思います。

諸刃の剣で人間関係を構築することは簡単かもしれません。
しかし、自分の人格を育てることなく、本当の意味での人間関係を構築することは出来ません。

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