生まれた時代や環境に愚痴を言うべきではない。私たちは十分恵まれている。

自己啓発

キャリコネニュースの記事より。

就職氷河期世代から見たバブル世代 「生まれた時代が違った」だけでは納得できない格差
「バブル世代、いいなあ……」 グーグルの検索ボックスに「バブル世代」と入力してみると、関連キーワードとして「無能」「わがまま」「邪魔」「いらない」という単語がサジェストされる。もちろん、優秀な人材も多いとは思うが、一般的に「仕事ができない」というイメージが付いているのかもしれない。 とりわけ、就職氷河期世代から見た"バ...

就職氷河期世代からバブル世代を見ると、生まれた時代の違いだけでは納得いかない、という記事が上がっていました。

確かに、バブルの時代はもちろん景気が良かったために、色々優遇されたり、今では考えられない待遇を受けていたでしょう。
当然給料も良かったでしょうし、会社は簡単に減給は出来ないために、今もその恩恵にあずかっているというのも事実だと思います。

しかし、ハッキリ言って時代の違いとか、そんなことを言い出したらキリがありません。
むしろ時代の事をいうのであれば、私たちは恵まれていると思わなくてはならないと私は思っています。

以前に当ブログでこんな記事を書きました。

今がどれだけ自由な時代か再認識しよう。士農工商えたひにんのような呪縛はない。

この記事でも書いたように、江戸時代では「士農工商えたひにん」という身分制度がありました。
生まれた時から死ぬまでその身分であり続ける必要があるわけです。
自分が得意なことや好きなことなんて関係なく、生まれた瞬間に農民は農民であり続ける必要があり、死ぬまで農業をやり続ける必要があったわけです。
農民は学問を学ぶことさえ許されなかったと言います。
えたひにんに関してはそこに生まれたというだけで差別的な扱いを受け、奴隷のように扱われていたわけです。

そんな時代もあったわけです。

生まれた時代を比べて納得いかないというのであれば、この時代と比べてどう思うのでしょうか。
どれだけ今は自由でありがたいかが分かるはずです。

私たち人間は、生まれた時代も違えば生まれた場所も違い、生まれた家庭環境も違い、出会う人たちも違います。
そのようなことを比べ出すとまさにキリがありません。

バブル期は良かったと言っても、毎日働きづめで残業は当たり前。
給料が高かった分、年がら年中仕事をするのは当たり前だったわけです。

今は残業もほとんど無くなってきているし、当時に比べればセクハラやパワハラもかなり少なくなっています。
ブラック企業は叩かれ淘汰され、ホワイト企業が多くなってきていますし、今後時代的にブラック企業は生き残れないでしょう。

インターネットのインフラも整っていて、プライベートの時間も多く確保できるようになってきて、まさに何でも出来る時代になってきたと言えます。

少なくとも、自由の選択肢は広がってきているわけです。
決して悪い時代ではないはずです。

先述したように、江戸時代と比べればどれだけいい時代かが分かるはずです。

また、仮にも日本という先進国に生まれたことも運が良かったと言えるのではないでしょうか。
生まれる場所によっては生きていくこと自体が精いっぱいであり、バブル世代がどうのこうのと言っている次元ではありません。

愚痴を言うのではなく、むしろ私たちはこの時代に生まれたことにも、この日本と言う国に生まれたことにも感謝すべきだと私は思っています。

無いものにフォーカスすると、どうしても卑屈になって、不平不満が生まれ、愚痴を言ったり、比べたりして後ろ向きになってしまいがちです。
しかし私たちはこれだけ自由であるという、あるものにフォーカスすれば、全てのことに感謝出来るようになり、前向きになり、視野が広がり、可能性が広がるはずです。

今与えられている環境をどのように捉えるか、これは非常に大きな違いを生みます。

キレイごとではなく、私たちは普段の生活に対して当たり前と思いすぎなだけであって、本当にたくさんの物を与えられています。
そのことに気づくことが出来るかどうかが重要であり、その違いが考え方の違いを生み、視野の広さ、可能性の広さを生むのだと私は思います。

何事にも感謝しなさいと漠然と言われても困ると思いますが、何かに感謝できる人が強い理由はこのような部分にあるのではないかと思います。

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