自惚れ鏡というように、鏡は決して真実を映し出しません。「笑ゥせぇるすまん」喪黒福造の名言から学ぶこと。

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名言

自惚れ鏡というように、
鏡は決して真実を映し出しません。
なぜなら人は自分の好きな角度でしか鏡を見ようとしないからです。

喪黒福造(もぐろふくぞう)
(著者:藤子不二雄A 漫画「笑ゥせぇるすまん」の主人公。)

私たちを映してくれる鏡。
けれど、私たちは鏡の前に立つと自分の一番いい顔をしてみたり、一番いい表情や一番いい角度で鏡を覗き込もうとする。
自分もそんなに悪くないじゃん、イケてるじゃん、と思ってみても、写真に写る自分にげんなりしてみたり・・・(笑)
鏡で見た自分と写真に写った自分、あるいは他人から見た自分は違うものだと思う。

これは容姿だけではなく、性格、思考、人格も同じだと思う。
自分にとって都合の良いことばかりを見ようとする。
自分の都合の良い話ばかりを聞こうとする。
自分が見たくないものは見ない、自分の耳が痛いようなことは聞かない。
そのようにして、本当に見るべきところ見ず、聞くべきことを聞かずして、自分の好きなこと、自分の得意なこと、自分の興味のあること、そして自分の領域内のことしか見もせず、聞きもせず、間違った方向に進んで行ってしまうことはよくあると思う。
自分が正しいと思っていること以外は間違っていると思っているから、他人の話を聞こうともしない。
けれどそれは、自分に都合よく作られた鏡を見て、自分に都合の良い角度で鏡を見ているだけなのだと思う。

いくら元は容姿端麗な人であっても、自分の持っている鏡が真実を映し出してくれなかったり、自分が真実を映し出そうとしなければ、いずれその容姿は崩れていくことになりかねない。

そうであれば、まずは真実の自分を映し出してくれる鏡を持つ必要があると思う。
自分自身が真実を映し出そうとする必要があると思う。

例え元は容姿端麗でなくても、自分のありのままを映し出してくれる鏡を持っていて、自分が真実を映し出そうとするのであれば、美しくなることも可能。
しかし、鏡の前に立って真実を映し出すことが出来なければ、そこに改善の余地はない。

真実を映し出す鏡を持つことはとても重要なもので、元々才能に恵まれていることよりもよほど尊いことだと思う。

自分の間違いに気づくことが出来たり、自分の意見とは違う他人の意見を素直に聞き入れることが出来るということは、それだけで十分価値のあることなのだと思う。
それが出来ることが、真実を映し出す鏡を持つことであり、自分自身が真実を映し出そうとすることなのだと思う。

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