立ちふさがっている山を動かそうとするよりも、自分が少し動くことで解決する問題はたくさんある。

哲学

キャリコネニュースの記事より。

"仕事しない中高年"叩きに50代男性「歳をとらないとわからないこともある。今怒っている人の多くは働かない中高年になる」
働かない中高年にも、そうなる理由がある? 古株というだけで大した成果を出すこともない高給取りの中高年に"やきもき"する人は少なくない。まるで昭和の天下りを彷彿させるが、令和の今でも存在する。そんな仕事をしない中高年に対し、キャリコネニュース読者からは、 「タバコ吸って時間を潰しています」(30代女性、事務・管理職) 「...

古株というだけで大した成果を出すこともない高給取りの中高年に、若手が怒っている、という記事が上がっていました。

確かに古株というだけで、時間が来るまでろくに仕事もせずに給料だけもらっているような人はいるようです。
そのような人を見ると士気が下がるという気持ちも分かります。

挙句の果て、この記事の最後には、
「私は働かない中高年です」と前置きした上で、
「実際に私も20代のころは、働かない中高年に相当腹を立てていましたが、この歳になってようやくわかりました。歳をとらないとわからないことってありますからね」
「今怒っている方の多くは働かない中高年になりますよ。安心してください」
と言っています。

ろくに仕事もしない人が、胸を張って言うことではありません。
ハッキリ言ってこのような人は論外ですが、私個人的にはこの言葉には一理あると思っています。

このようなことに対して怒りを持つ気持ちは本当に分かりますが、しかし恐らくこのようなことに対して怒る人のほとんどは、高給取りの中高年に対してだけではなく、例えばタバコを吸う人だけタバコ休憩を取れてずるいとか、あの人だけ時短勤務でずるいとか、あの部署だけ残業が無くてずるいとか、その他色々な事に対して不公平さを感じやすいのだと思います。

挙句の果てには自分の勤めている会社内だけにとどまらず、他の会社はもっと待遇がいいとか、あの会社なんか定時が5時だとか言う人も少なくないでしょう。

確かに仕事の中で不公平なことはたくさんありますが、そもそもやってる仕事も違えば部署も環境も労働条件も年齢も性別も違うわけですから、平等であること自体が難しいと言えます。

そしてその不平等さのせいで、もしかしたら自分に仕事が回ってくるという実害は多少あるかもしれませんが、それ以外は他の人が何をしていようがあなたに不利益はないはずです。
それでも他の人の動きや不公平さが気になるというのは、仕事に対して建設的な気持ちを持っているのではなく、嫌なことを我慢していると思っている証拠かもしれません。
自分は嫌なことを我慢してやっているのにあの人だけずるい、という心理が働いていると言えます。

原因は不平等な体制を作っている会社にあるわけですが、もっと根本的な部分で言えば、
自分自身が仕事に対してどのように向き合っているかということだと思います。

自分自身が自分の仕事に対して主体的に向き合っていれば、他人の事なんて気にならないだろうと思います。
不平等であると思うのは、やはりどこか自分の仕事に対して前向きに取り組めていない部分があるのではないでしょうか。

もしそうであれば、仮に全員が公平になったとしても、なかなかその仕事を前向きに楽しんで取り組むことは出来ないかもしれません。

このことだけではなく何事もそうですが、何か不満を抱いた時などは、周りにある原因を見つけるのではなく、自分の中の感情、思考、視点を見つめなおしてみると効果的です。

なぜなら、周りの原因を見つけたところで、そのほとんどは自分ではどうすることも出来ない範囲の問題であることが多く、むしろそれに対して不満を募らせてしまうことの方が多いからです。

一方、自分の感情、思考、視点を見つめなおして自分の考え方や視点を変えることは、自分がその気になれば誰でも簡単に出来るわけです。

例え自分が絶対的に悪くなくても、変えることが出来る間違いのないものは自分自身であるということを理解しておくことは大切です。

それはまるで、向こう側の海が見えないから、立ちふさがっている山に向かってどきなさいと言っているようなものであり、動かせないものはどうあっても動かせるものではありません。
しかし、自分が少し動くことで、山の向こう側にある海を見ることは簡単に出来るわけです。

原因を作るのは周りであるかもしれませんが、それをどのように受け止め、どのような考え方や行動をするかは自分次第であるということです。

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