なぜ人は自分らしさを見失うのか。それは世の中の歪んだ鏡に映し出された自分の姿を本当の自分の姿だと思い込んでしまうからである。

自己啓発

あなたは本当の自分自身を理解しているでしょうか。

自分の事を分かっているようでも、あなたはどんな人で、どうなりたくて、どのような考え方を持っていますか?と聞かれると、意外と困惑するものです。

その理由は第一に自分と向き合う時間が少ないということがあげられるでしょう。

そして次に、自分と向き合う時間が少ないからこそ、
世の中の歪んだ鏡に映し出された自分の姿を本当の自分の姿だと思い込んでしまう
ということがあげられると思います。

自分らしく生きるためにはやはり自分と向かうことが大切だと言えます。

とは言え、なかなか自分らしく生きるなんて難しいのがこの世の中です。
では、なぜ自分らしく生きることが難しいのか、また世の中の歪んだ鏡に惑わされてしまうのか。
今日はその点について述べたいと思います。

自分の置かれた環境が全てだと思い込んでしまう。

人は自分に見える世界が全てだと思う傾向があります。

今自分が見えている世界で上手くいっているから私は成功者だとか、上手くいっていないから私はダメだとか。

しかし、実は自分の見えている範囲なんて世の中を見渡せば小さな小さなものでしかありません。
それでも自分の見えている世界が全てだと思い込んでしまうわけです。
これこそが自分らしさを邪魔する歪んだ鏡であるわけです。

たまたま今、自分が置かれている環境に合わないだけかもしれないのに、まるで自分は社会不適合であるかのように思い込み、自分がそういう人間だと決めつけることでその思考は加速していきます。
いつしかそういう人は心を閉ざし、周りとの関りを無くそうとしてしまうかもしれません。

しかし、それはただ学校とか職場とか地域とかグループとか友達とか、今いる小さな環境の中でたまたま自分が合わないだけなのかもしれません。

その環境とは合わないという感覚は、行くとこに行けば個性という強みになるかもしれません。

大きな地球の中の小さな日本という国の小さな地域のほんの一部の環境の中で合わないだけに過ぎません。
それでも、自分に見えるその世界こそが全てだと思ってしまうばかりに、私はダメな人間だと、まるで世界中に不適合者の烙印を押されたかのように思い込んでしまう場合があります。

しかし、実は全くそんなことはなくて、たまたま今現在の自分が、今いる小さな環境に合わないだけであるかもしれないわけです。

実は何も不安になる必要なんてありません。
あなたに合う環境、個性を発揮できる環境はいくらでもあるわけです。

他人に映る自分が本当の自分だと思い込む。

また、他人の言葉によって自分はそのような人間だと思い込んでしまうこともあります。

以前にこのブログで、
性格ってなんだろう?妻と話していて思ったこと。
という記事をあげさせてもらいました。

この記事では妻話していて気づいたことを書いているのですが、私の妻は周りからしっかり者と言われ続けていて、いつしかその自分を知らず知らずのうちに演じていたということに気づいたという記事です。
私の妻はその環境が、実は辛かったそうです。

そのように、実は自分自身のことを本当は理解しておらず、周りに言われた通りの人間になってしまう、ということはよくあることです。

例えば仕事で上司に、お前は仕事が出来ないやつだと罵倒されたとすると、相当ショックを受け、私は仕事が出来ない人間なんだと感じることだと思います。

しかし、たまたま就職先を間違ってしまっていただけであったり、その職場でのたった一つの仕事が合わなかっただけであるかもしれません。
たまたまその仕事が出来なかっただけで、他の仕事で多大なる成果をあげるかもしれないわけです。
それでも、ただ目の前の仕事を出来なかっただけで、まるで全ての仕事が出来ない人間だと思ってしまう人も居ます。

しかし、当然そんなことはありません。
人には向き不向きもあれば、タイミングもあるものです。
その経験を活かせばいいだけです。

また、上司をはじめとして、周りに仕事が出来ないと言われたばかりに、私は仕事が出来ないんだと思い込む人も居ます。
しかしそれもただの思い込みにすぎません。

事実、上司が変わっただけで人が変わったように仕事が出来るようになる人は居ますし、私自身もそういう人を何人も見てきました。

これは、人からこういう人間だと決めつけられ、自分自身がそのように思い込み、その呪縛に縛られてしまっているということに他なりません。

人間というのは勝手なもので、その人の事を深く知りもしないのに、あの人はこういう人だとか、仕事が出来ないという風に決めつけるものです。

しかしそんなものに縛られる必要はありません。

例えば仕事が出来るとされているAさんと、仕事が出来ないとされているBさんが居たとしましょう。
その2人が全く同じ仕事をして2人ともその仕事に失敗したとしましょう。
全く同じ仕事をして全く同じ結果がでたとしても、周りの人はこのように言うでしょう。

Aさんで出来なかったのだから仕方がない。

やっぱりBさんには出来なかったか。

このように、他人があなたを見る見方というのは勝手なものです。
そんないい加減な言葉にあなたが縛られる必要は全くありません。
他人に、あなたはこういう人間だと言われたとしても、それが正解である根拠は全くないわけです。
参考として聞くことはとても大切なことですが、そのような言葉で自分を見失ってはいけないということです。

まとめ

周りと合わなかったり、周りがあなたはこういう人間だと言われたとしても、何も気にする必要はありません。
あなたはあなた自身がどのような人間なのかを理解しておけばそれでいいわけです。
歪んだ鏡に映された自分の姿を見る必要はありません。

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